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赤土と石ころの振動が体を通りぬけていく
追い風に乗せられて走れば
空っぽの地平も時速21kmで蘇生する
 
 
月 / 書くことの行為 自分への考察(2005.01.04)
 

この考察は、ここ数年に渡って、自分の書くという行為を振り返るために、気まぐれにメモをしていたものをまとめたものだ。これからも、ことばを消したり、足したりして、試行錯誤の場として残ておきたい。

●一体いつから書いているのか
思えばいつ頃から、書くことを始めていたのだろう。字を覚えて、作文を書けるようになってからだとすれば、小学生がはじまりだったのか。私は、子どもの頃本を読むのが大好きだった。今思い出す中でも、小さい時に何かを感じたその感触が胸にはっきり傷跡のように残っている。『ももいろのきりん』『かえるのエルタ』『いやいやえん』『小さいモモちゃん』これらは繰り返し読んだ記憶がある。どこで涙が出たかも覚えている。本の世界にすっかり自分が入りこみ、同化して同じ体験をして疲れて帰って来る、そんな子どもだった。少し大きくなると『ふたりのイーダ』『ノンちゃん雲に乗る』そして佐藤さとるさんのコロボックル物語のシリーズはすべて読んだ。その辺からファンタジーに触れて、自作でそうした見えない世界を書いていた記憶がある。どこか探せば、きっと手書きの自分のお話がたくさん出て来るはずだ。それまでの自分は、ほとんど真似事として書いていたにすぎない。中学になると、友だちとの交換日記がはやった。私もその一員だった。6人ぐらいのグループで回すものもあれば、非常に個人的な友だちとの心のやりとりのノートもあった。ひとりで書く日記もあった。そして、これに平行してずいぶん手紙を書いた。友だちとの手紙、先輩との手紙、先生との手紙。海外にペンフレンドまで持っていたことがある。ピーク時で30人近いペンパルがいたと思う。本当によく手で書いていたものだと、今思うと少しぞっとする。

●手紙・往復書簡・POSTKARTE
私は手紙が好きだ。とくに往復書簡に憧れがある。これは、独りよがりの空想とか妄想で書けるものとは違って、はっきりとした対象が存在する。そのために書く。そんなことをしてみたいと以前から漠然と思っている。みつばちの木箱の中にPOSTKARTEという設定がある。これは、木箱を始める前段階の頃、試作で始めた活動だった。誰でもない人にただひたすら、どこからともなく、はがきを投函する転地養蜂家が主体だ。たいがい表面が、ある土地を想起させる写真だ。必ずしも送られてくる場の写真ではない。まったく別の場所なのに、あたかもその場のように見えるものを選ぶことが多い。たとえば、南米のある土地を想定したのに、撮影した現場は沖縄だったりする。これにあわせて、収集している古切手を選ぶ。これもその殆どが場所に関連しない地の切手だったりする。むしろこちらは、テキストにあわせて選ぶことの方が多い。こうして別々のものを組み合わせて、ある「らしさ」をつくりあげるのが、このPOSTKARTEの趣旨だ。消印もなく一方的に蜂飼から送られてくる、それだけの話しだ。

●対象とは
私が電子メディアに文章を書きつけるようになったのは、いつ頃からだろう。おそらく1990年前半に初めてインターネットにアクセスをはじめた時からだったと思う。これまで、手で書いていたことを、パソコンを覚えて、書きためるようになった。始めの頃は、手書きとパソコンと半々ぐらいで、しかもパソコンに慣れるまでは、頭の中が混乱したことを覚えている。自分の書き方そのものが、大きく変わったのがこの道具を使い始めてからだった。手書きの頃は、メモがあって、いつもそこに気づいたことを書いたりして、後でそれを見て、追って、順に書くのが私流だった。パソコンになると、どこからでも書けるという考えが生まれて、とりあえず書きたいことからランダムに書いて、サブタイトルを入れ、順を入れ替えたり、これから入れ込みたいメモ書きもすべてそこに一緒くたになった。そうして、それを推敲し、最終的に自分の文に書き上げていった。構成ということに気がついた時期だった。インターネットの普及と共に、出版という形式にとらわれない、自分の文章の公開の場ができた。私は、未完のままでも制作途上を公開し、何度もお話を作り変えていくことを始めた。内容そのものというよりは、そのプロセスが主流で面白かった。『満州の記憶』がそのはじまりだった。これは、母の体験を、私が母になりすまして、母の記憶の断片を継ぎ合わせ再構成したお話だった。この時、私が母となって、序文を書いたことばがこれだった。
「私の頭の中をいくつもの連鎖するイメージが通りすぎました。懐古するつもりもありません。物語としてつなげていくこともできず、ただノートに書き込む行為として、どこにも対象のない電子空間に仮に記録を試みてみようと思い立ちました。」
松尾ゆほ子
この時の私には、対象という意識は見えない、あるいは、存在しない、けれど、ただ書くということだけだった。

●BLOG
2000年にみつばちの木箱のサイトを立ち上げた。みつばちの木箱はそのテキストにおそらくは1年の時間をかけて、繰り返し、繰り返し書きかえたものだ。自分の入れ込みは強く、図書館に通い、いろいろな文献をあさって、初めて真面目に、そして、自分が一番書きたいと思っていたことを書いた。テキストとして自立した作品になるように、いろいろなことを試みたものでもある。紙切れにえんぴつで書いてみたり、イメージも挿入してみたり、赤字のテキストのみにしてみたり、はがき風にしてみたり。何度やっても、繰り返しても、自分が満足できるものに、未だ到達してはいない。けれど、他にこれまで書いてきたものよりは、ずっと優先的にこればかりをいじっている。
ここからBLOGを立ち上げた。これが、私にとって、今、ちょっとした試練だ。自分で課題を出しておきながら、少し翻弄されて、軌道修正が必要になっている。BLOGはこれまで、対象なしでやっていたことを、対象が見える中ではじめた。それが苦しい。読み手がいると知っていることは非常に嬉しいし、適度な緊張感もある。どこへ一人歩きしていってしまうかわからないテキストの世界で、どうも自分に意識的な気負いがある。文体は自分で決めた挑戦で、「です、ます調」にした。これがまた、いささか窮屈になってきた。本来はさっぱりとした男女差を感じさせない文体が好きだ。BLOGによって鍛えられているのは、できるだけ最小の時間でも書くことを続けることだ。これは新しい挑戦であるので、ためになっていることも多いし、発見もある。物事の見方も変わってきた。
mixiというインターネット上のソーシャルネットワークがある。簡単に言えば会員制のネットワークだ。私は人の紹介から会員になり、紹介者のページなどを閲覧している。会員になる前、しばらくの躊躇いがあった。時代というのは、人を変えさせる。私はつい最近までPHSしか持たない、必要な発信の時のみで受信用にあまり人には教えない、メーリングリストには入らない、そんな人だった。仕事でのメーリングリストは強化だ。イヤでも入らなければ仕事にならないので、そのうち慣れてメーリングリストへの抵抗も薄くなった。一方的に送りつけられるメールの量と不要な情報が苦手なのだ。いろいろな理由があって個人の領域を意外に保守に走る自分だ。コミュニケーション手段は戸惑いをよそに、私の中では加速的に進んでしまった。気持ちがまだ追いついていないのが現状だ。それでも、多くの人がはまっていると聞くmixiに興味もあったので、試しに会員になってみた。これは私にとってかなり活気的なことなのだ。なかなかよくできていると感じる部分もある。人から人への輪つながり、興味や関心事の近しい人を見つけられるなど、なぜか気になる、構成にできあがっている。やってみないとわからないとはこういう事だ。しかし、やっぱり、どこか自分にしっくりとこない部分があるのも否めない。半信半疑のまま私のBLOGを安易にそこで公開してみたのだが、やっぱり悔いが少しある。それは、mixiにではなくて、自分に対してだ。あまりに個人的すぎる自分のつたない文章などをここで公開してしまったことを悔いているのだ。人が読んでくれている風に思ってしまうところに、変な相乗効果があって自分の思っていた方向とは違うものに走りだしはじめているからだ。それはそれで展開としては面白い。しかし、自分の中でしか煮詰められていないような、非常に私的で未熟で公的にはとても至らない文章を書いている自分がやたら恥ずかしいと思えて仕方ない。私は、文章家でもないのだから、そこまで考える必要はないし、たかがBLOGなのだ。もっと気楽でいいはずなのだが、どこかで納得がいかない自分がいる。だめだ、やりなおしだ。

●ことばはどこから生まれる
大好きな文章家に松浦弥太郎さんがいる。松浦さんも日々試行錯誤を重ねて、ていねいに書くという行為に触れている。私はその姿勢が好きだ。書くことは、人に影響を及ぼさないこともあるけれど、大きな影響を与えることもある。人の人生を変えてしまえるぐらいの力だってある。いつだったか、松浦さんは書くことで骨身をけずっていると綴っていた。それを読んだ時、私は釘を刺されたような思いになった。自分は自分勝手、気分まかせ、思うがまま、相手を考えない、そんなやり方で書いてきた。それでいいと思っていた。立場こそ違うけれど、表現と言う手段としてテキストを選んだ瞬間から、書いている時は自分の分身かもしれないが、やがては自立していくテキストに、もっと私は慎重にあるべきで、自問自答を繰り返さなければと初めて感じた瞬間だった。自己満足で気持ちのいい排泄物のようなテキストではないのだ。自分を浄化するための行為ではない。ここに私の稚拙さがあったと反省している。しばらく、また模索だ。まずは、対象ゼロ地点にもどって、素直に見つめ直そうと思う。考察を続けていると、自分の真意が見えなくなる。わからなくなることがよくある。非常に自己完結型、自己満足に浸っている私が見えていやになる。どうすればいいか。感傷や装飾的要素をいっさい省いて素にもどしたい。それはやっぱりみつばちの木箱をゆっくりと温め直すことだと今の時点では思っている。ここをコアに出入りして、切りとったり、崩したり、繋げたりして、書くという行為を出直ししたい。
ある詩人の推敲原稿を見たことが鮮明によみがえって来る。赤字も下線も追記もすべてが平凡な原稿用紙の中で生きていた。こんな文字や原稿は見たことがなかった。楽譜のようだった。

一体なにが私の対象なのか。迷いは今はじまったばかりだ。


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