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赤土と石ころの振動が体を通りぬけていく
追い風に乗せられて走れば
空っぽの地平も時速21kmで蘇生する
 
 
レモンバーム / tap root(2004.10.09)
 
レモンバーム
プレゼントにもらった
3カ月も続いた夏もようやく秋の高気圧にその座をゆずりはじめたのだろうか。すがすがしい日に横浜の荏田にある“tap root”という花屋さんに出かけた。バークレーとか西海岸にありそうなオーガニックマーケット風のインターナチュラルガーデンプランツの表に開店したばかりの花屋さんだ。見る限り、バジル、チャイブ、レモングラス、レモンバーム、……と見慣れたハーブ類やニチニチソウ、アロエ、月桂樹など点数は少ないけれどベランダや室内インテリアにアクセントをつける鉢物も並ぶ。
お店の名前“tap root”って「結構インパクトのある命名だな」っと名刺をもらって思ったりしたのだ。つまり根っこ、俗的には男の子だけど、お店のオーナーは生き生きした素敵な女性ふたりだ。楽しいのは、片っ端からハーブの味見をさせてくれる。それにはちゃんと理由がある。一切の化学品を使用しない無農薬の植物の販売をめざして始めた店だからだ。ちゃんとした土と水で育った植物なら、葉も安心して食すこともできる。野菜や果物の無農薬はここ数年で日本でもだいぶ気にかける消費者が増えつつあるのに花や植木となるとまだ認識が薄い。「花ぐらい防虫剤をかけてあったって……。」なんてのんきな人は以外と多いのだ。一体どこにそんな安心感があるというのだ。
チャイブ
230円で買ったチャイブ
消費者は甘いもの、形のきれいなもの、色のきれいなもの、種のない実を野菜や果実のマスターピースとして購買をして来た。消費者のそういった普遍的な欲望が農法を変え大量に消費して利益を生む構造を各地の産地と結んでしまった。私の価値観だって10数年前まではそれそのものだった。ある不思議な縁で、私はスイスという小国と関係が深くなった。度々、訪れたり、長期に渡り滞在をしていくうちに、日本へ帰ると埋められないギャップに苦しむ生活が始まった。それから逃れたくて、夢をいだいて1年半近くサンフランシスコへも住んだことがある。
1990年代に入ろうとしている頃のスイスの人々の生活は今もほとんど変わらない。しいて言えばファーストフードの店が1、2軒増えたことだろうか。スイスの若者はファーストフードには眉をしかめて小馬鹿にするものが多い。その商法うんぬんではなくて、保守的でクオリティ重視のお国柄にはそう簡単には根付かないのだ。はじめて、スーパーマーケットと言われるところに連れられて買い物に行って驚いた。品数のあまりの少なさ、野菜や果物の形、そして、買い物袋持参は常識という店のあり方だった。支払いの時には「こんにちは」とお互いに挨拶をかわす。売り手と買い手が同等の立場にあるような気がして気持ちがよかった。それがたとえ社交辞令であったとしても、挨拶のかわせる小さなゆとりを感じるのだった。日本とはかけ離れた生活事情をスイス人に話すと、次回はマルクトへ行こうということになった。マルクトはだいたい決められた曜日に街の広場で開かれる朝市だ。例えば、渋谷ならハチ公前広場に開かれているような感覚だ。
朝市は大勢の人で賑わう。見て回るだけでも1時間はかかる。天然酵母パン、はちみつ専門、チーズ、やおや、花、果物、種、ジャム……。それぞれの店にこだわりと自信を持って出店している。やおやにもいろいろあるが、私はBioの店を見つけた。芸術作品とも思える野菜の品々に、思わず感嘆の声を発して釘づけになった。どれをとっても同形の野菜はなく、生き生きとした本物だった。私にとってもの珍しい白いんげんやタンポポなどの雑草といわれる葉を買った。お店の人が日に焼けた素敵な笑顔で、静かにやさしく「ありがとう」と言った。
自然に育つものはその植物が必要と思うだけの実りであるはずだ。そしてその元をたどれば、それは種の存続でしかない。人はその恩恵をこうむって、その一部を頂いているのだから、自分の欲求の深さを満たすほど要求すると生産は待ちきれないものになっていく。私はこれまでの自分の生活が恥ずかしいと思った。それから、花屋をのぞいてみた。ここでも驚いた。先ほど庭先から切ってきたばかりのようなバラの花や草花が置かれている。形も色も様々だ。そして、いいかおりを放っている。それにしてもなんと生きのいい花たちだろう。そして、いかに私の標準が加工された規格品の花々であったろうと思い知らされるのだった。私はこうして買い手と売り手が話しをかわしながら品物をじっくり吟味して納得して購入する人たちの楽しみ方とか、生産者と購買者の意識の高さを体感することができた。
日本には日本なりの市場があった。私たちの選択は、生産者の顔がまるで見えない店舗へと変貌を望んでしまった。1990年代前半の日本はようやく過剰包装やゴミの問題が遠い未来のことのように語られ始めた頃だった。どこのスーパーでも当たり前のように買い物袋を配布してくれるし、発砲スチロールのパッケージは当たり前だし、使い捨ての容器だって便利の象徴だった。「あの、袋はいりません。」なんて自分の買い物袋を遠慮気に差し出すと「えっ???」と怪訝な顔をされ、結構勇気のいることだった。紙袋やパッケージの再利用をしようものなら、親しい友人でも薄笑いを浮かべられる時代だった。私は、そんな生活が窮屈でならなかったし許せなかった。
そうして、私はまた何かを求めて西海岸へと飛ぶことになる。このサンフランシスコの滞在は、当時ピュアで頑なな私の志向にかなり柔軟性を与えてくれた。サンフランシスコの街はアメリカの中でもリベラルな土地として知られている。カウンターカルチャー、性問題、ヒッピーを源流に平和運動やオーガニック志向、大ビジネスに対する小ビジネス化、そして様々な運動に溢れている街だ。相反する思想やものがごっちゃに主張してその隣り合わせで生活をしているようなところだ。私が行った当時は、湾岸戦争直後で、方々の家の玄関に戦地で命を落とした愛する者へのメモリアルとしてリボンが掛けられていたのを思い出す。ビクトリア調の住宅街は、まさに映画のワンシーンのように明るく、そして、悲しげだった。若者は、戦争やAIDS問題、不況、就職難、ホームレス、そしてカリフォルニアは5年にも続く水不足問題、山火事など、降り積もる不安と疲れで荒廃ムードだった。私の多くの友人たちは職をもたず、部屋や車を友人と共同で持ち古本屋、古着屋、GoodWill storeなんかで自分の持ち物を極力安く手に入れたり、手放したりしている時代だった。日本のなんと裕福な生活とはかけ離れた節制をしていた。暇をもてあます仲間は夜になると閉店した店などを借りて集会と称するイベントを主催していた。周りはアート系の友人が多かったせいか、自主制作のフィルム上映や自作の小説の朗読会、コメディーナイトなど、口コミで仲間をさそっては屯していた。そんなに英語を理解しない私でもどんどん友だちが誘ってくれて、あっという間に顔見知りがここそこに増え表面上の友だちは以外と簡単にできて行くのだった。こうした仲間に手取足取り教えられ、私は自分のお気に入りの店をほうぼうに見つけたしライフスタイルも一転した。カストロストリートにプライベート上映の映画を見に行ったかと思えば、ダウンタウンにハリウッドものを見にいく日もある。フレッシュマーケットに出かけたと思えばファーストフードのメキシカンなんかを頬ばったりもする。ミッション地区に住んでいた恋人にはマイノリティ民族に関して日夜聞かされボランティアもしたけれど、白人だらけのパーティーだって行ったりもした。当時、性問題は若者を一喜一憂させていた。今日は誰それがHIVポジティブと判明したと言っては“最後まで君を支持するよ”と涙して、まるでドラマのシーンのように、次は自分の番かもれないと不安定な感情が人から人へ連鎖するのを私は傍観していた。私の小さな心はこうした連日の出来事に感情が追いついて行けず、大きく膨らんでしまった風船のように、いつどこで割れてもおかしくないような脆いものだった。日本では、それなりの成果をもって人間と向き合う仕事をしていたはずの私はここで一気に崩壊した。良くも悪くも、こうした体験が幼少に築かれた人間形成の第2期として私に浸透したことは確かだった。スイスの厳格すぎるほどのナチュラル指向、そしてサンフランシスコの退廃的な価値観。私にはやっと、ピュアじゃなくてもおさまれる着地点が日本でも見つけられそうな希望が芽生えたのだ。
そうこうして帰国した日本で、10年近い月日が流れた。今、日本は病んでいる。まるで、10年前に出会ったサンフランシスコと類似するような、歪んだ平和と迫り来る不安に人々が怯えている。
人参ケーキ
自家製にんじんケーキにさっそく使わせてもらった
tap rootのような迷いを持たず、生き生きとした考えで小さな店を開き、同じ志向を目指す少数の人々を相手にそのニーズを満たしていくとは勇敢だ。少なくとも、主流と共存して選択肢を増やしてくれたことに元気がある。もう、私たちは極端な主義主張に生きる時代ではない。違うスタイルのものとどう折り合いをつけて共存していくかが、この不安世代に自立を開墾する糸口にはならないか。
健康な土壌に育まれる植物を通して、この先に何が生まれるのか、期待したい。吉田久美子さんことくんちゃんとそのお友だち、ゆっくりいい花屋を育ててね!
**tap root
お店の吉田さんに質問すると、食べられる葉っぱをいろいろ試食させてくれるよ。
〒225-0014 横浜市青葉区荏田西1-3-3 インターナチュラルガーデンプランツ内
定休日:水曜
TEL:045-910-1246
www.ing.plants.com
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