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DK_Summer2002
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INOUE junichi
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●INOUE junichi (彫刻家)
こんな島にも日本人の彫刻家が住んでいると聞いた。あいにく、休暇で留守のようであったが、静かな林の奥まった所にあるアトリエ兼自宅の前まで行ってみた。彼はデンマークの彫刻家のもとで制作を共にしていた。やがてその作家のお嬢さんと結婚をして、ボーンホルム島に住みつき作品を作っている。石屋らしさが漂うアトリエだった。
作品はどことなく、太古を思わせるような有機的な素石とデザインカットされた石の組合せで、この国では特異として人々の目を惹くのかもしれない。岩盤の島、岸壁、花崗岩や白砂といったここの自然は作家の造形をこの地に深く結びつけたにちがいない。Ronnoの中心街の広場に設置された彼の作品を見に行った。この作家のアトリエや作品から、不思議と日本の雨引の里を思い出したりする。ひっそりと水をためた四方体の村井進吾の作品は洗練されていてミニマムだとこの時感じた。
白い円筒教会
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●白い円筒教会
ボーンホルム島の歴史はデンマークの中でも異色だ。それはバルト海に浮かぶ島の位置にも関係していて略奪戦を繰り返すたびに帰属国が変わる複雑な情勢であった。
およそ1億3千年前、このボーンホルム島には大型の鳥類が駈け回っていた。やがて1万年前頃に初めて人間がこの島へ渡って来る。ヨーロッパ各地を海賊が荒らしまわっていた時代、この島も決して例外ではなかった。丘の要塞は当時の農民たちが海賊を逃れて避難する場所として築いたと言われている。
分厚い白壁の丸い円筒教会は800年の歴史を持つ。この円筒教会は外敵から守るため、あるいは戦い時の食料倉庫などに利用されていた。内部には弾薬を投下できる小窓があったり見張り窓などもあって、教会という神聖な場とは少し違った空気がそこに流れていた。
1658年のスウェーデン戦争下で、ボーンホルム島はスウェーデンの帰属に従わず、この教会からおそらく銃撃戦を決行してデンマークに返還した。第2次世界大戦末期の1945年には、RonnoとNexoの街が爆撃にあいロシア軍に占領される。この占領は終戦を迎えるまでの約11ヶ月にまでおよんだ。戦後はスウェーデンの援助によりこの二つの街の再建が始まり、300軒余りのスウェーデン式木造住宅が建ち並んだ。第2次世界大戦後もボーンホルム島は冷戦下でNATO加盟国との間に緊迫した関係がもたらされていた。
様々な歴史的惨事の末、ボーンホルム島はデンマークを帰属国とすることになる。この小さな島はデンマーク存命を願いつつも、独自の独立運動も盛んで、家々のところどころに掲げられている赤地に緑の十字の旗はこの島の国旗といわれている。
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